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久住有生が淡路島のケーキ屋がキッカケで左官職人?壁の作品が凄い【サワコの朝】

久住有生の左官とケーキの関係の説明
kaznao

こんにちはkaznaoです。

 

2020年4月18日のサワコの朝

久住有生(くすみなおき)さんが出演です。

 

過去を調べると淡路島ケーキ屋で

バイトをしたことがキッカケ

左官職人の道を歩んだそうですが

いったいどういうこと?

 

その後は勤務したケーキ屋のお店を

仕上げたそうなのですが

その壁の作品が凄いんです!

 

久住有生さん、左官職人、ケーキ

この関係について調べてみました。

 

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久住有生が淡路島のケーキ屋がキッカケで左官職人?壁の作品が凄い

久住有生さんとは一体どんな人物なのか

まずはプロフィールをまとめてみました。

サワコの朝で久住有生が語る様子

出典:https://headlines.yahoo.co.jp/

 

氏名:久住有生(くすみなおき)

生年月日:1972年3月8日

年齢:48歳(2020年4月現在)

出身地:兵庫県淡路市

趣味:サーフィン

 

父親の教育が原因で左官嫌いに

現在は一流の左官職人として活躍していますが

小学生、中学生と学生時代は

左官職人が嫌いだったんですね。

 

その理由は

父親が久住有生さんを左官職人にするために

毎日のお手伝いと称する左官の訓練と

夏休みなどの長期休みは

現場の仕事をさせられていたからなんです。

 

いぬ
いぬ
遊びたい時にこれじゃ嫌いになるワン

 

こんな環境なので

誕生日プレゼントはおもちゃではなく

左官職人の命である「コテ」だったんです。

 

嬉しくないですよね~

プレゼントって相手が喜ぶものをあげるのに

コテって完全にお父さんの自己満足です。

 

幼少期からこんな生活だったので

将来の夢は左官職人ではなく

ケーキ屋になりたいと思うようになったんです。

 

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ケーキ屋になりたいと思った理由は?

久住有生さんは中学生になったころから

バイトをしていたようなんです。

 

中学生でバイト?

厳しいお父さんがよく許したね!

という気になる部分は置いてください。

 

ケーキ屋のバイトは高校時代にしていて

仲のいい同級生3人組と

一緒にやっていたのですが

左官職人の父の教育により

手先が器用になっていたので

ケーキに生クリームを塗るのが

ダントツにうまかったのです。

土壁を塗ることと生クリームを塗ることに共通点

久住有生さんにしてみれば

塗る物が土からクリームに変わっただけで

特に難しく感じることが無かったそうです。

 

自分の能力が生かせる仕事を見つけたので

ケーキ屋での仕事がとても楽しくなり

店主からもケーキ屋の道を勧められたことで

久住有生さんはケーキ職人になろうと

考えたのです。

 

久住有生さんをケーキ職人に勧めたのは

誰なんでしょうか?

 

久住有生さんが働いていたケーキ屋が

どこなのか調べてみました。

 

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淡路島のどこのケーキ屋?

淡路島のたかたのケーキ外観

出典:http://seoshop.see.ne.jp/

 

店名:淡路たかたのケーキ

住所:兵庫県淡路市志筑3266-1

電話:0799-62-4144

こちらのお店でバイトをしていたようです。

 

ケーキを作るための

材料の軽量、調合といった経験が

実は左官職人としての必要な知識として

現在生かされていると語っていました。

 

左官職人としての作品は?

久住有生さんがバイトをしていた

淡路市のたかたのケーキは

久住有生さんが左官職人となってから

壁を仕上げているんです。

 

久住有生が仕上げた店内の壁

出典:https://www.skueta.com/

 

ケーキ屋の店主も

バイトをしていた人物(久住有生さん)が

こんなすごい技術を持つ人になるなんて

予想をしていなかったでしょうね。

 

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左官職人になるのを決意したのは?

高校3年生の進路を決めるときに

ケーキ職人なりたいと宣言したら

久住有生さんは父親から20万円を渡され

世界を見てこい!

という事でヨーロッパ旅をしたそうです。

 

そこで見た

スペインのアントニ・ガウディの

サグラダファミリア

ドイツのケルン大聖堂を見て

左官の仕事の素晴らしさを知りましたが

それでもケーキ職人になりたいという

夢は捨てれませんでした。

 

その事を父親に言って返ってきた返事が

 

ケーキは食べたらなくなるけれども

左官の仕事は死んでも残る

 

この一言で

久住有生さんは左官の仕事に対して

ガラッとイメージを変えて

左官職人になることを決意したのです。

 

その当時のことを

次のように語っていました。

 

そうか、左官は残るのか

たしかに、百年前の人の作ったものを見て感動しているのだから

 

けど食べ物も作ったものは残らないけど

レシピが残るので

何十年、100年後もその料理が残ることは

その時の久住有生さんは

気付けなかったみたいですね。

 

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4月18日のサワコの朝

左官職人/久住有生▽土壁をアートにー物心ついた頃から土を練った物が桶にあった『左官一家のスパルタ教育』とは!?人生の全てを“壁”に捧ぐカリスマ久住有生さんの職人魂

出典:YAHOO!JAPANテレビ

左官職人と聞いて何を思い描きますか?

 

建物の漆喰を塗る

これを思い描くのが大半だと思いますが

久住有生さんの左官職人としての作品は

芸術作品です。

 

けど子供のころの夢はケーキ屋になること。

 

それが父のある一言で

左官職人の道に・・。

 

一体何を言われたのでしょうか?

 

久住有生が淡路島のケーキ屋がキッカケで左官職人?壁の作品が凄い【サワコの朝】のまとめ

今回は久住有生さんが左官職人となるきっかけについて

まとめてみました。

左官とケーキ屋の関係

・幼少期は左官の仕事が大嫌い

・身についていた左官の技術がケーキ屋で発揮

・学生の時の夢はケーキ職人

・海外旅行で左官の仕事に興味を持つ

 

ケーキ職人から海外の左官の仕事を見たことで

左官職人になろうと思ったわけです。

 

お父さんにしてみれば

自分の教育が間違っていなかったと

感じれた瞬間ですよね。

 

もしケーキ職人になっていたら

世界一流の左官職人になれていなかったので

人生って不思議だなぁと思います。

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