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山縣亮太の諦めない力で逆境を乗り越えた姿がスゴイ!陸上を捨てようとした過去?【プロフェッショナル】

こんにちはkaznaoです。

 

2020年6月16日のプロフェッショナル

陸上短距離界のエースである山形亮太選手が

出演します。

 

天性のスタートを持つことで有名になりましたが

一番すごいのは

困難と遭遇しても決してあきらめない

不屈の精神で逆境を乗り越えてきたことです。

 

コロナという逆境の中を生きる私たちに

山縣亮太選手の考えが役に立つと思い

まとめてみようと思いました。

 

山縣亮太の諦めない力で逆境を乗り越えた姿がスゴイ!陸上を捨てようとした過去?

山縣亮太選手は一見すると

モデルのように高身長でイケメンなので

陸上競技を知らない人は

間違ってしまうかもしれませんね。

 

オリンピックではメダル獲得が期待されていましたが

2020東京五輪は中止となってしまい

メダル獲得の夢は延期となってしまいました。

 

実力ある山縣亮太選手ですが

過去には何度もケガや病気で泣かされてきましたが

決してあきらめることなく

逆境を乗り越えてきたことで

今の姿があります。

 

どのようにして困難を乗り切ってきたのか

紹介する前にまずはプロフィールを紹介したいと思います。

 

山縣亮太のwiki風プロフィール

陸上のユニフォームを着た山縣亮太

byTwitter

 

氏名:山縣亮太(やまがたりょうた)

生年月日:1992年6月10日

年齢:28歳(2020年6月現在)

出身地:広島県広島市

出身校:慶応義塾大学

所属:セイコーホールディングス

身長:177cm

体重:74㎏

 

成績(優勝・金のみ)

2013年 東アジア大会 400mリレー優勝

2018年 アジア大会 400mリレー優勝

オリンピックでは金メダルの獲得はないですが

2016年リオデジャネイロオリンピックで見せた

100m走と400mリレーでの快走が有名です。

 

オリンピックでの日本最高記録

アジア新記録を出したことで

リオデジャネイロオリンピックを見ていた人たちは

とても盛り上がりました。

 

素晴らしい記録を持ってますが

過去にはつらい経験もされてきています。

 

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ケガと病気に泣かされた過去?

高校2年生の時に左足の親指が

剥離骨折のような形になり半年の休養。

 

2013年の世界陸上競技選手権大会中に

肉離れを起こしレース敗退、欠場となりました。

 

2017年には右足首を怪我

世界選手権の選考レースで敗退。

 

2019年には気胸が発覚し

日本選手権を欠場しています。

 

プロアスリート選手は怪我との戦いでもありますが

山縣亮太選手を見ていると

不運だなと思ってしまいます。

 

大事なレース中にケガをすることで

絶好調の時に大会の欠場を余儀なくされ

結果を残すことが出来ていないからです。

 

怪我さえしていなければ

今現在はもっと好成績を残せていたと思います。

 

絶好調の時に休養することとなると

陸上に対する

モチベーションが低下すると思うのですが

山縣亮太選手は決して諦めることなく

陸上のトラックに復活しています。

 

なぜそこまで強くできたのでしょうか?

 

なぜ山縣亮太選手は諦めず逆境を乗り越えれた?

一番大事なことが

陸上が大好き

ということがあるのではないでしょうか?

 

この気持ちがあるからこそ

困難を乗り越えれたんだと思います。

 

この大好きな気持ちは

小学校時代にさかのぼります。

 

広島市のスポーツ大会で

100m走で優勝したことをきっかけに

走る喜びやかつ楽しみを知ったことで

陸上にのめりこんでいっています。

 

この楽しみを持ち続けていたからこそ

怪我をした時にでも

もう一度、陸上競技をしたい!

という考えが心の支えとなり

頑張り続けれたんだと思います

 

けれどいろいろなケガや病気を

乗り越えてきた山縣亮太選手ですが

過去に

もうダメかもしれない

と心が折れてしまったことがありました。

 

陸上を諦めることになりそうな事態とは

何だったのでしょうか?

 

山縣亮太は過去に陸上を諦めようとしてた?

高校2年生の時に

足を骨折したと書きました。

 

骨折といっても

手術をして骨をピンでとめるという

大きなケガでした。

 

高校2年生の春にケガをして

完治しレースで再び走れるようになったのは

高校3年生になってからです。

 

怪我を治し再び練習を開始しても

足の感覚がおかしく

今までと同じように走れなかったようです。

 

今までの飛ぶように走る感覚と

怪我を治した状態の山縣亮太選手との感覚に

ギャップがありすぎて

本当にもうダメかもしれない

と陸上を諦めるほどに追い詰められてしまいました。

 

けれど2020年も山縣亮太選手は

陸上を続けているわけです。

 

ということは高校生のケガの時も

諦めなかったわけです。

 

その理由は何だったのでしょうか?

 

 

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陸上を諦めず逆境を乗り越えれた理由は?

大好きな陸上を諦めようと

考えるまでに追い詰められていましたが

周囲の助けがあったことで

ギリギリのところで辞めずに済んだようです。

 

周囲の助けがあったから

陸上を続けれたのではなく

山縣亮太選手が追い詰められてはいたけど

完全に諦めていなかったので

逆境を乗り越えれたんです。

 

この時に感じたのが

 

どんな時も

諦めずに折れちゃいけない

 

ということです。

 

この気持ちに気付けたからこそ

それ以降の怪我や病気をした時も

困難を乗り越えれたんですね。

 

この言葉を聞いて

次の言葉を思い出しました。

 

諦めたらそこで試合終了ですよ

 

バスケ漫画を知っている人なら

分かる言葉です。

 

どんな困難な時でも

諦めなければ活路を開くことができる。

 

諦めてしまえば

ほんのわずかな望みにも気付けず

そこで終わってしまう。

 

山縣亮太選手を知ってから

改めて気付くことが出来ました。

 

6月16日のプロフェッショナル

陸上短距離のエース・山縣亮太(28)。日本選手の100mオリンピック記録を2大会連続で更新。リオ大会では400mリレーで銀メダル。山縣の真骨頂は「逆境を乗り越える力」にある。未熟児で生まれながらも、ケガなどの逆境を乗り越えるたびに強くなってきた。東京大会に向けた勝負のシーズンも、病気や故障などの逆境に次ぐ逆境。そしてコロナ禍がー。誰もが逆境に立たされている今こそ届けたい、“ミスター逆境”の流儀。

出典:YAHOO!JAPANテレビ

 

山縣亮太の諦めない力で逆境を乗り越えた姿がスゴイ!陸上を捨てようとした過去?【プロフェッショナル】のまとめ

山が亮太選手は

なぜ逆境を乗り越えれたのかについて

まとめてみました。

山縣亮太の諦めない力

高校時代の怪我の時の

諦めなければ乗り越えることができる

この実体験が元となり

山縣亮太選手の現在がある

 

困難なことがあるからと言って

逃げちゃダメなんですね。

 

逃げるのは簡単ですけど

逃げた先が楽とも限らないわけで・・

困難を嘆くよりも

どうすれば乗り越えれるのか考えるのが

大事だということを教えてもらえました。